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[mixi日記より転載]現代社会の人身御供

「誰でも良かったなら自分を殺せよ」という意見が多いようですが、
この被告がまともな神経で殺戮をしたのでしょうか?
と、ちょっと違うアプローチで考えてみます。

もちろん、通り魔的な犯行は許されるべきではないし、被害者・遺族の方々にしてみれば「なぜこんなことに」という感情しか沸いてこないでしょうし、自分がそのような立場になったらやはり同様に許すことはできないでしょう。

それでも、それでも尚、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。
あくまで自分がこのような殺戮を行ってしまうとしたら――という想像に過ぎませんが。

「一度にたくさん殺せる」と供述
私は、被告人たちが異常者であったとは考えていません。
もし他の人々と違いがあったとしたら、それは彼らの生活において、彼らの限界以上に様々な理由(※)で追い詰められてしまった。
ありていに言えば彼らはただのいじめられっ子だったのでしょう。

※たとえば職場で誰からも使えない奴と四六時中罵られたり
 価値観(趣味や雰囲気)の違いでキモイと嫌悪感をむき出しにされたり
 私生活でも頼れる人が居なかったり
 愚痴などでストレスを発散する方法が無かったり
 あるいはストレスを発散できる量以上にストレスをかけられたり

他のいじめられっ子と違うところがあるとするなら、
他人を血の通った人間と認識する機能が壊れてしまうまで
追い詰められてしまっただけの違いなのではないか、と考えています。


あえて「人を殺すくらいなら自分が死ね」と仰る人々に問いたい。

追い詰められた人に死ねというのか?
助けを求めても得られなかった人に死ねというのか?
たまたま自分がそこまで追い詰められなかったというだけで、
極限まで追い詰められてしまった人に死を要求するのか?

そのような考えこそが殺戮者を作り出してしまったという考えには至れないのか?


私の考えを述べます。
以下のような考え方の下、彼らは公然と非難されているのでしょう。

被告人たちは、おそらくは、彼らの所属する社会において、
社会を正常に回すためのストレスの捌け口となったただの生贄、人身御供です。
だから、生贄は生贄らしく社会のために圧殺されるべき存在だった。
にも関わらず、彼らは(彼らが所属するより大きい範囲の)社会に牙を剥き、
客観的に見て、直接憎悪を向けるべきでは無い人々相手に殺傷を行ってしまった。
よって、「人を殺すくらいなら自分が死ね」という論が、感情と法の両面から裏打ちされてしまう。


けれどこのような殺戮者は、生贄を求める人間の性質(本能かもしれません)そのものが生み出した、影なのではないでしょうか。
他人をストレスの捌け口にすることそのものが、殺戮という事態の土壌になっているのではないでしょうか。

であるならば、被害者にも加害者にもならずに済んでいる人々ができることは、
ストレスの捌け口を人に求めないようにすること、
あるいは捌け口にされている人に今より手を差し伸べやすくすること
――人の性質(本能)に効率よく抗うことではないでしょうか。

私達は、生贄を作る側にも、生贄にされる側にも、無関係に殺戮されてしまう側にもなり得るのです。





繰り返される「誰でも」殺人

 「誰でもいいから殺したいと思った」。大阪府警によると、大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件で逮捕された高見素直容疑者はこう語ったという。過去の無差別殺傷事件でも、容疑者が同様に供述した例は多くある。

 昨年6月の東京・秋葉原の通り魔事件で、7人を殺害した罪などで起訴された加藤智大被告は「世の中がいやになった。誰でもよかった。社会が悪い」と供述したとされる。

 高見容疑者も「人生に嫌気が差した」と話し、その理由について仕事や金がないことを挙げているという。加藤被告は派遣社員として働き、職場への不満が動機につながったと供述した。

 同年10月に大阪市浪速区の個室ビデオ店で客16人が死亡した放火事件では、小川和弘被告が離婚や早期退職で人生に挫折し、当初は「生きるのが嫌」と供述したとされる。

 同年7月の東京都八王子市の駅ビルで女性2人が死傷した事件で、逮捕、起訴された菅野昭一被告も「大きな事件を起こして両親を困らせようと思った」と供述。対象は誰でもよかったと話したとされる。

 昨年3月の茨城県土浦市の8人殺傷事件でも、金川真大被告が死刑になりたいとの願望を抱き、「誰でもよかった」と実行に及んだとされる。 
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