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「キモイから規制していいよ」について思う

そもそも規制に賛成できる人との根源的・本質的な価値観の違いというものがなんなのか、いろいろ想像は出来ても納得の行く答えが出てこなかったのだけれど、あるwebページを見て「これだ!」と思う答えに遭遇した。
正しく、目から鱗が落ちる、である。

それがこのページである。
OTAPHYSICA(オタフィジカ)
私はどうしてライトノベルが苦手だったのか



その中で一番心に響いたのがこの部分である(二番目については後述)。

>「どう面白がれはいいのかわからず」「どうして面白がれないのかもわからない」

ここでは、オタクである筆者がオタクジャンルのひとつであるライトノベルがなぜ自分に合わなかったのかを発見し論じているのだが、この引用部分はもっと一般化して語れるはずだ。
より正確に言うなら、「萌えとかアニメとかよくわかんねーよ」という立場の人々に対して適用できると思うのだ。

おそらく彼らの意見としては二点あり、その一点目はおそらくこんなところになるであろう。

「どう面白がれはいいのかわからず」「どうして面白がれないのかもわからない」ような漫画やらアニメやらといった作品群に耽溺しており、あまつさえ収入や自分の人生を浪費している人々すらいる。
そんな「ワケの分からない人間」を産み出す「ワケのわからない作品」なんか存在するだけで目障りだ。


そして二点目はもう少し「キモい」とされる作品の方向を考慮しつつ考える必要があると思うので、これもまたOTAPHYSICA内から気になった部分を引用して考えをまとめてみたい。

*************************************************
私はどうしてライトノベルが苦手だったのか

 私は少々年代が高めのオタクなのであるが、私にとってのオタク活動は完全に娯楽である。燃えも萌えも、ただたんにそれを感じるのが面白い、というだけのものである。それ以外に価値はなく、そして、それで十分である。完全な娯楽一元論者だ。

 この娯楽一元論が興味深いしかたで機能するのは、燃えや泣きにかかわるときだ。たとえば、燃えが成立するときには、正義とか愛とか友情とかいった倫理的価値が道具立てとして不可欠になる。そして、私のような態度のオタクは、燃えるために倫理的価値を融通無碍に弄ぶことにあまり躊躇をしないのである。たとえば、刑事がテロリストをぶっ殺す話を楽しんだすぐ後に、革命家が体制の犬をぶっ殺す話を楽しむことができる。敵であってもその生命を守ろうとするヒーローに感動したすぐ後に、雲霞のごとく群がる戦闘員たちを片っ端から地獄送りにしていくヒーローに震えることもできる。共同体の約束ごとを省みず個人の正義感を貫く姿に拳を握ったすぐ後に、祖国のために命を捨てる姿に涙することができる。両立しないはずの倫理的な価値観を、「面白ければいいや」の一言で、作品に合わせてとっかえひっかえすることができるわけだ。

 つまるところ、少なくともオタク的活動をしているかぎりでの私にとっては、倫理的価値は娯楽のための手段にすぎないのである。これはこれでいい。

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もっといっぱいぶっ殺せ


 娯楽作品は、その物語を貫く価値観を、なるべく対象読者の価値観と近づけておかねばならない。異質な価値観を理解し受容することは、読者に負担を強いるので、純文学や哲学の論文でならばいざしらず、娯楽作品においては異質な価値観の提示は望ましくないのである。

(中略)

片っ端から人をぶっ殺す燃えは、大人向けの娯楽作品に求めるべきものだったのだ。まだ心が純な中高生と異なり、汚れっちまっている大人は、片っ端から人がぶっ殺される世界、片っ端から人をぶっ殺す主人公を、とくに良心にストレスを感じることなく受容することができる。

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私も、というよりも恐らく多くのアダルトジャンル(性的描写だけではなく、殺人・犯罪等の描写も含む)作品の受容者は、「作品を鑑賞している(若しくは創作活動をしている)」間、OTAPHYSICAの筆者の言うところのオタク的活動をしている間は「倫理的価値は娯楽のための手段」でしかなく、物語に現実的な倫理観を持ち込むのは野暮な行為でしかないのである。

だから別にレイプレイや隣の家の少女といったノワールに分類できる作品であっても(自分が鑑賞に堪えられるかどうかは別として)存在しても良いと思うし、商品として(製造する出版社なり製作会社なりが潰れないよう)販売されても良いと思うのだ。見たくなくても内容を目にしてしまうテレビのような媒体で流れるのでなければ。

自分がある作品の表現にに堪えられなさそうだと思ったら、その作品を見ず、金も出さずにスルーすれば良い。
同じようにスルーする人ばかりなら(売り上げが無ければ)それだけで市場からその作品を排除することができる。

けれど、どうしてもそうは思えず、物語を鑑賞する段階で対して現実的な倫理観を杓子定規に持ち込んでしまう(野暮な、あるいは空想と現実に区別のつけられない?)人も居るようで(※)、そういう人たちが表現規制に賛成しているのだろう。

四角四面で一方的な理想主義と警察利権が結びついた彼らの意見に自分は承服しかねるし、断固として反対する。


故人曰く、

白河の 清き流れに 住みかねて もとの田沼の にごり恋しき

ちなみに田んぼの土からは陶芸に使える良質な粘土が取れるらしい。
あまりにも理想を追求しすぎた環境は、自分の価値基準において良いと認められる物を生み出す土壌すら失わせるのではないだろうか。


※アグネスとかAPPとかラディカル・フェミニズムの人達



性描写規制、有識者から意見聴取~都議会
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1212976&media_id=88

 実在しないアニメキャラクターであっても、子供の過激な性描写があれば青少年に売らないよう規制する東京都の条例改正案について、都議会は18日、有識者から意見を聞いた。

 18日に開かれた都議会の総務委員会では、六本木診療所・赤枝恒雄院長が「20年前から中学生の性がおかしいと言われてきた。もう待てない状態なんです」などと述べ、漫画やアニメを対象に加えた条例改正を急ぐべきだと訴えた。これに対して、首都大学東京・宮台真司教授は「波及効果が大きすぎて、表現者が萎縮(いしゅく)する」などと述べ、新たな規制は表現の自由を奪う恐れがあると主張した。

 この条例改正案は、来月開かれる都議会の焦点となる。
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